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スペイン領植民地のハート型貨幣 南米編

スペイン領中南米は大量の銀を産出したことで知られるが、
とりわけボリビアのポトシ銀山は1545年に発見されて以来多くの銀貨を製造した。
しかしながら製造技術は低く、銀の小塊(多くは量目27グラム見当)に簡単な図柄を打刻しただけの銀貨であった。
 富士山より標高のあるポトシでの貨幣製造は、4世紀以上にわたり続けられた。
そうした中で多くの興味深いコインが数多く見られた。
ボリビア以外にも、コロンビア、チリ、グアテマラ、メキシコ、ペルーなどでも共通したが、
それは贈呈用の<ロイヤル>と呼ばれる特製貨幣であった。
 一般的な製造方法のものは粗雑であったが、この<ロイヤル>だけはすべてがはっきり刻印されている。
これらはスペイン本国の国王、メキシコとリマにいる2人の副王(ビセロイ)、
それに限られた有力者に贈られたと考えられる。
 スペイン王フェリペ5世(1700-46)の治世下の1710年に面白い形状の量目26,67グラム
(8レアル銀貨に相当)の銀貨が存在した。
何しろ愛嬌のあるハートの形をしているのである。
ただし8レアル銀貨が直径38ミリから40ミリ程度なのに対し、ハート銀貨のほうは最大部分が53ミリを有していた。
 つまりこれは普通の8レアルに手を加えて製造したのでなく、
あくまでハート形のコインとして計画した貨幣製造であったと考えられる。
このような極印を用意した、製造所長の思惑が気になる。
 これもまた<ロイヤル>と同様、国王や副王たちに贈呈されたのか?それは定かではない。

img002.jpg

上:ボリビア・ポトシ ハート型8レアル銀貨 1710年
下:ボリビア・ポトシ 8レアル銀貨 1657年 ロイヤルタイプ

8レアル銀貨 28レアル銀貨

ボリビア 8レアル銀貨 1680年Coin-Expert Online Shopにて販売中


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戦利品の金銀が貨幣に


 戦利品の貴金属で自国の貨幣を製造したという例は、マケドニアのアレクサンドロス3世以来、別に珍しいことではなかった。
しかしながら何処で奪ったか、はっきり貨幣上に刻んだ例は滅多に見られない。

 イギリスは1663年以来、貴金属貨幣が何処からもたらせれたか、マークを刻むようになった。(銀貨は1666年)
この年はアフリカのギニア産の金貨が初めて生産され、国王チャールズ2世の肖像の下に<象>のマークを記した。
やがてこれは<象と城>のタイプにと変化するが、そのうちにこれが慣習となったのである。
 1702年のこと、イギリス艦隊はスペイン本国西部のヴィゴ湾――そこにあった敵の輸送艦隊を攻撃した。
これは殆ど無警戒だったことから完全に成功を収め、新大陸から運ばれた貴金属を捕獲した。
主として8レアル銀貨であり、総数は1100万枚に達したのであった。
この大量の戦利品の利用は直ぐに決まり、造幣局長のアイザック・ニュートンの下、
アン女王の肖像の下にVIGOと刻んで金貨と銀貨が発行された。
まず1702年にシリング銀貨。
次いで翌03年に6ペンス、シリング、ハーフギニー、ギニー、それに5ギニー金貨もこの年に登場している。
 捕獲した金の総量は276ポンド(約125㎏)と少なく、このため金貨の製造数は僅少に終わる。
とりわけ5ギニー金貨は極端に少なく、イギリス金貨の珍品の代名詞となった。

もちろん他の2種の金貨もまた、珍しい存在として知られる。
 それから40年ほどして、大西洋側から太平洋に進んだイギリス艦が、リマとフィリピンを結ぶ航路を進み、
ついにスペインのガレオン船を捕獲した。
このとき少量(VIGOよりは多量だった)の金と1トン以上の銀貨を奪い、意気揚々とイギリスに帰還したのである。
 この艦長――ジョージ・アンソン大佐は一躍海軍大臣に任命された。
そしてVIGOのときと同様、今回も国王ジョージ2世の肖像の下にLIMAの文字が刻まれた。
 6ペンス、シリング、クラウン銀貨は1745年と46年だけに発行されている。
こちらの方がVIGOより製造数は多い。
 近世から近代にかけてのコインで、このような戦利品の意味を有する文字が刻まれたケースは殆どない。
VIGOもLIMAもスペイン側の警護の手抜かりを示すものだけに、スペインは国家の恥を後世に残してしまった。


イギリス2ギニー金貨1703年 VIGO アン

イギリス2ギニー金貨1703年 VIGO アン




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コインに見る王たちのヘアースタイル

 コインを眺めていると男か女か性別のはっきりしない人物が、それこそ頻繁に見出せます。
あの悪名高いローマ皇帝ネロも、幼少時代にはさほど目立っていないが、肥満した皇帝時だと長髪の部類に入ります。
 ルネッサン期での代表的な例は、神聖ローマ帝国のマキシミリアン1世でしょう。
ブルグントのマリアと表裏に肖像を描かれたコインが存在するが、このマクシミリアンの髪は背中にまで達しており、
妃が首のあたりですっきり纏めているのとは好対照です。



神聖ローマ皇帝 6ドゥカット金貨 1479年 マクシミリアン1世とブルグントのマリア神聖ローマ皇帝 6ドゥカット金貨 1479年 マクシミリアン1世とブルグントのマリア 2

神聖ローマ皇帝 6ドゥカット金貨 1479年 マクシミリアン1世とブルグントのマリア


 これは1479年――すなわちマリアの死後に発行された、追悼記念の意味を有するコインと言えます。
けれど1500年代になってのグルディナ―銀貨等では、マクシミリアンの髪は肩の上あたりでカットされています。
いずれにしても常識的な男の頭髪より長く、顔をしっかり確認する必要があるでしょう。

 近世ドイツの諸邦は、競って貨幣発行を進めました。莫大なヴァラエティが存在しましたが、そこに描かれた為政者たちの多くは、
女性顔負けの長髪ばかりが目立ちます。
そうした中で神聖ローマ帝国皇帝軍の司令官――傭兵隊長のフォン=ヴァレンシュタインは、19世紀後半
に見られる紳士のヘアースタイルを思わせる、洗練されたものとなっています。

 軍国主義国家と言われたプロイセンは、フリードリヒ1世(1701-13)など、これまた背中の中頃まで伸びる長髪。
その孫のフリードリヒ2世も、例外に洩れず長髪です。
あの大王とよばれた人物ですら当時の流行に逆らえなかったのでしょう。
 そのプロイセン国王ですっきりしたヘアスタイルになったのは1800年に入ったフリードリヒ・ヴィルヘルム4世の時代。
後世の後半にはフランスのナポレオン3世などもそのパターンの肖像が描かれています。
 
 あの170人以上の子をもうけたザクセン王にしてポーランド王――フリードリヒ・アウグスト1世(1696―1733)
なども、イギリスの裁判官を思わせます。
イギリスの方はカツラだが、ザクセン王は自分の毛髪というから驚きです・・・・・。
 そういえばフランスのルイ13世や14世には長いお下げ髪「メシュ・ロング」と短いお下げ髪「メシュ・クルート」があります。
これらのヘアースタイルは必ずしも少女の髪だけに見られるものではなかったのです。


ルイ14世 ルイドール金貨
ルイドール金貨 ルイ14世 [メシュ・ロング]



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20人のザクセン王たち

神聖ローマ帝国とドイツ諸邦の中で、歴代の皇帝や選帝侯、あるいは王たちの魅力的な肖像をそろえるとなると、
神聖ローマ帝国のハプスブルク家、ザクセンのザクセン家プロイセンのホーエンツォレルン家、
それにバイエルンのヴィッテルスバッハ家が挙げられます。
 これらのなかで神聖ローマ帝国より多くの王たちが、肖像を大型銀貨に描かれているがザクセンの為政者たちです。
1480年に即位したフリードリヒ3世・賢王以来、1918年のドイツ帝国崩壊まで、
実に20人の選帝侯や王たちが存在していたのです。これらすべてのコインを集めるとすばらしいコレクションになります。

ザクセンは大国だったことで経済規模もそれなりに大きく、
このため大型銀貨の発行数量が多く比較的割安にグレードの良好なものが入手できる、という機会が多いのでしょう。

 一例を挙げるなら、発行されて400年から経過しているターレル銀貨が極美品でも比較的安く入手が可能です。
しかしながら、未使用品にお目にかかれることは滅多になく、市場に出てくれば美品の4~5倍の値が付くこともあります。
それに1600年代前半ともなろうものなら、簡単にはお目にかかれません。

 ザクセンは最初のフリードリヒ3世(1480-1525)が一番ネックで、
このあたりは神聖ローマ帝国のマキシミリアン1世(1493-1519)と、時代的にも似通っているのが面白いです。


ニュルンベルク ライヒスターラー(帝国ターラー)銀貨  1581年XF45(PCGS)2ニュルンベルク ライヒスターラー(帝国ターラー)銀貨  1581年XF45(PCGS)

 ニュルンベルク ライヒスターラー(帝国ターラー)銀貨  1581年XF45(PCGS)


これさえクリアできると、ザクセンの場合も神聖ローマ帝国の場合も共通してきます。
 首都ドレスデンには 1123年から1904年までのザクセン・ヴェッティン家の君主35人の王たち(マイセン辺境伯、ザクセン選帝侯、ザクセン公、ザクセン王)が騎乗して順に進んでいる姿を描く、壁画が存在しており、
マイセン磁器のタイル2万5千枚、長さ102mに渡って描かれています。



「ドレスデンの壁画 君子の行列に描かれた20人のザクセン選帝侯

フリードリヒ3世・賢王 (1480-1525)
ヨハン忠実王(1525-32)
ヨハン・フリードリヒ寛大王(1532-47)
モーリッツ(1547-53)
アウグスト(1553-86)
クリスティアン1世(1586-91)
クリスティアン2世(1591-1511)
ヨハン・ゲオルク1世(1611-56)
ヨハン・ゲオルク2世(1656-80)
ヨハン・ゲオルク3世(1680-91)
ヨハン・ゲオルク4世(1691-94)
フリードリヒ・アウグスト強健王(1694-1733)
フリードリヒ・アウグスト2世(1722-63)
フリードリヒ・アウグスト3世(1763-1827)
アントン(1827-36)
フリードリヒ・アウグスト2世(1836-54)
ヨハン(1854-73)
アルベルト(1873-1902)
ゲオルク(1902-04)
フリードリヒ・アウグスト3世(1904-18)




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プロフィール

Ms CoinExpert

Author:Ms CoinExpert
Ms CoinExpert 吉岡 美栄
外国貨幣研究家、元ジェミニ代表の平木啓一氏の下6年間、アンティーク貨幣売買に携わり、
2013年11月にCoinExpert.LLCを設立。
Managing Directorとして日々奮闘中。

 

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